4月23日(土) 青森支部で第1回研修会を開きます どうぞご参加ください
青森で待望の第1回研修会を開催します。
不登校の子どもを支援する保護者、学校教員、相談機関などの皆様、どうぞ多くのご参加をお待ちしております。
約60名のご参加で盛会終了しました。ありがとうございました。
■期 日 2011年4月23日(土)13:00~17:00
■会 場 「アピオあおもり」大研修室
(青森県男女共同参画センター・青森県子ども家庭支援センター)
〒030-0822 青森県青森市中央3丁目17-1 TEL 017-732-1010
■目的 内容 不登校の子どもの学級復帰・予防
不登校の子どもをどう理解し、どのように復帰させるか。子どもや保護者の気持ちを理解し、
日常的な悩みに対して、互いの情報を交換し、花輪先生からご講義を頂きます。
■主 催 FR式不登校対応チャート研究会 青森
■講 師 花 輪 敏 男 氏
共栄大学客員教授・FR教育臨床研究所長
■参 加 費 3000円(資料代・会場費など)
■申込方法 所定の申込用紙に記入の上、4/16(土)までに送信して下さい。受付時間は、8:00~21:00となります。
申し込み・お問い合わせはこちらからどうぞ。ファイルをダウンロードしてから印刷してください。
https://acrobat.com/app.html#d=ThoiTsiLDEa43G4fYbmfJQ
不登校の子どもを支援する保護者、学校教員、相談機関などの皆様、どうぞ多くのご参加をお待ちしております。
約60名のご参加で盛会終了しました。ありがとうございました。
■期 日 2011年4月23日(土)13:00~17:00
■会 場 「アピオあおもり」大研修室
(青森県男女共同参画センター・青森県子ども家庭支援センター)
〒030-0822 青森県青森市中央3丁目17-1 TEL 017-732-1010
■目的 内容 不登校の子どもの学級復帰・予防
不登校の子どもをどう理解し、どのように復帰させるか。子どもや保護者の気持ちを理解し、
日常的な悩みに対して、互いの情報を交換し、花輪先生からご講義を頂きます。
■主 催 FR式不登校対応チャート研究会 青森
■講 師 花 輪 敏 男 氏
共栄大学客員教授・FR教育臨床研究所長
■参 加 費 3000円(資料代・会場費など)
■申込方法 所定の申込用紙に記入の上、4/16(土)までに送信して下さい。受付時間は、8:00~21:00となります。
申し込み・お問い合わせはこちらからどうぞ。ファイルをダウンロードしてから印刷してください。
https://acrobat.com/app.html#d=ThoiTsiLDEa43G4fYbmfJQ
地震になんて負けないぞ!希望を捨てないでみんなで頑張ろう!!
この度の地震に被災した皆様に対してこころからお見舞いを申し上げます
オーストリア、ウイーン大学の神経学・精神医学教授であり、精神科医だった心理学者フランクルは15歳のころに、ある国民大学で「人生の意味について」講演した。
以降「そもそもわれわれが人生の意味を問うべきなのではなく、われわれ自身が人生から問われているのである。」「どんなことでも、人に起こる全てのことにはすべて何らかの究極的な意味があり、さらに超意味が問われているはずだ。」とその生涯を通して繰り返し述べている。
フランクルは、ユダヤ人であるが故にアウシュビッツに移送される。その直前に、自らが提唱したロゴセラピーと実存分析をテーマにした「医師による意味と癒し(邦題「死と愛」の初稿を完成し、コートの裏地に縫いつけて強制収容所の生活に臨み、没収された。
彼は早くに亡命もできたが、「どうやら強制収容所は私にとっての卒業試験だったらしい。」と自ら「十字架の試練」と呼ぶ極限の中で再び著述に挑んだ。
「この人間とは何者か。人間とは、常に何かを決定する存在だ。人間とはガス室を発明した存在だ。しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りの言葉を口にする存在でもあるのだ(夜と霧)」
「人間が本来有している根源的能力、つまり自己超越と自己距離化の能力は、強制収容所で実存的に検証され、正当性が証明されたものである。」
「私自身について言えば、失った原稿を再構成しようという決意が明らかに私を生き残らせたのだと確信している。」
フランクルは収容所体験で、父母と妻までも失った。たった一人生き抜いた彼は、その思想を身体を通して行動で体現した。戦後は生涯をかけて、台頭する物質主義とニヒリズム(実存的空虚感)に対する戦いを貫いた。
「人生があなたを待っている」と。
フランクルの言葉を借りて言うならば、
今私たちに起きた出来事が、どんなに信じがたくとも、わたしたちがこれからどういう事態に遭遇しようとも、人生はあなたを待っている。私たちがこれからをどう生きるかが人生から問われているのである。
「いま、ここ」にはかりがたい大きな意味をうけとるために、私たちは生きぬこう。
みんなで励ましあおう! 支え合おう! 希望を持とう! いまこそ立ち上がろう!
頑張ろう! 地震になんか負けないぞ!
オーストリア、ウイーン大学の神経学・精神医学教授であり、精神科医だった心理学者フランクルは15歳のころに、ある国民大学で「人生の意味について」講演した。
以降「そもそもわれわれが人生の意味を問うべきなのではなく、われわれ自身が人生から問われているのである。」「どんなことでも、人に起こる全てのことにはすべて何らかの究極的な意味があり、さらに超意味が問われているはずだ。」とその生涯を通して繰り返し述べている。
フランクルは、ユダヤ人であるが故にアウシュビッツに移送される。その直前に、自らが提唱したロゴセラピーと実存分析をテーマにした「医師による意味と癒し(邦題「死と愛」の初稿を完成し、コートの裏地に縫いつけて強制収容所の生活に臨み、没収された。
彼は早くに亡命もできたが、「どうやら強制収容所は私にとっての卒業試験だったらしい。」と自ら「十字架の試練」と呼ぶ極限の中で再び著述に挑んだ。
「この人間とは何者か。人間とは、常に何かを決定する存在だ。人間とはガス室を発明した存在だ。しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りの言葉を口にする存在でもあるのだ(夜と霧)」
「人間が本来有している根源的能力、つまり自己超越と自己距離化の能力は、強制収容所で実存的に検証され、正当性が証明されたものである。」
「私自身について言えば、失った原稿を再構成しようという決意が明らかに私を生き残らせたのだと確信している。」
フランクルは収容所体験で、父母と妻までも失った。たった一人生き抜いた彼は、その思想を身体を通して行動で体現した。戦後は生涯をかけて、台頭する物質主義とニヒリズム(実存的空虚感)に対する戦いを貫いた。
「人生があなたを待っている」と。
フランクルの言葉を借りて言うならば、
今私たちに起きた出来事が、どんなに信じがたくとも、わたしたちがこれからどういう事態に遭遇しようとも、人生はあなたを待っている。私たちがこれからをどう生きるかが人生から問われているのである。
「いま、ここ」にはかりがたい大きな意味をうけとるために、私たちは生きぬこう。
みんなで励ましあおう! 支え合おう! 希望を持とう! いまこそ立ち上がろう!
頑張ろう! 地震になんか負けないぞ!